ご存知でしたか?10月は「住生活月間」です

公開日2021/10/29
更新日2021/10/30

住生活月間の終わりにあたって※このコラムは2021年10月29日に書いています

商売柄、業界紙であるところの住宅新報には長年目を通してきたはずですが、10月が住生活月間だという告知部分には、おそらく毎年告知されていたのでしょうが、つい最近までなぜか気づいていませんでした。なんとオフィシャルサイトもございます。

 

住生活月間オフィシャルサイト

 

へえ、そんな月間があったのね、と思って調べてみると、1990年に建設省(現・国土交通省)の主唱で始まった「住宅月間」が、2007年の住生活基本法の制定を受けて、「住生活月間」に衣替えしたものなんだそうで、住意識の向上を図り、豊かな住生活を実現するために、総合的な啓発活動を展開しているらしいですが、私自身この業界で35年過ごしていても、目に止まってこなかったことを考えると、住生活という分野に限っていえば、それほど広い啓蒙が図られていたわけではなかったようです。

 

それもそのはず、住生活基本法の制定は、もう家は余っているので、住宅供給の量的目標を廃止して、住宅の品質の向上を目指していくべきであるとする、戦後日本の住宅政策の大転換ではあったものの、いきおい、力点が住宅の品質に置かれることとなったため、啓蒙活動のほうも、やれ高齢者住宅だ、省エネ住宅だ、健康住宅だ、と、もっぱらハード面に重きがおかれ、生活学的概念である住生活というソフト面は置き去りにされているのが実情なので、高品質住宅月間、としたほうが、より現実に近いように思います。

 

高品質な住宅とは何か、についてはさまざまな切り口があるのでしょうが、個人的には、住宅の品質の第一義は、ひと部屋あたりの広さが十分確保されていることではないかと考えています。

 

高齢者介護をしたことのある方なら体験的によくお分かりのとおり、介護をするには、布団生活よりはベッド生活のほうが圧倒的に楽であり、同様の理由で、座布団よりはソファ、ちゃぶ台よりはダイニングテーブルという西洋式な生活様式を選択する以上、それら洋風家具を置いても、十分にゆとりのある空間が必要になるからです。

 

西洋式インテリアに寄せられた現代住居

中国文化の輸入から千年という長い年月を経た室町期に、書院造という様式にようやくたどりついて、いったん完成をみた和風の日本住宅と住生活は、文明開化に始まり大東亜戦争の敗北によって決定的となった、わが国の住宅の西洋化と、それに伴う生活様式の変化に直面することになりました。

その流れの中で訪れた、かつての高度経済成長とは、次々に繰り出される耐久消費財が、それまでの和風住宅を侵略していく歴史の別名でもあります。

三種の神器と呼ばれた冷蔵庫、洗濯機、掃除機、3Cと呼ばれた自動車、クーラー、カラーテレビ、家具でいえば、先述したベッド、応接セット、ダイニングテーブルなどが、木造在来工法の日本家屋に持ち込まれ、居座ることになりました。

 

もともと、日本家屋における生活美とは、いらないものは押入や納戸や土蔵にしまっておいて、なんにもない空間を必要に応じた用度で季節感を味付けする、言い換えれば何にもない空間を楽しむところにあったわけで、山のような耐久消費財が雪崩れこんでくれば空間は混乱する、というより醜悪化するのは当たり前です。

 

昭和18年に当時の陸軍中将が建てたという純日本家屋で育った私は、様々な耐久消費財が、紙と木だけでできている、マッチ1本で全焼すること疑いなしの古家を次第に占領していくにつれ、生活している人間の居場所を徐々に圧迫していくように思えてなりませんでした。

 

決して狭い家ではないはず(今の表示にすると9SK)なのに、個々の部屋が小さかったり、連結や動線が悪かったりで、子供心にも不満だったんでしょう。

 

でも、もっといい間取りだったら生活しやすいのに、などと生意気にも思う反面、正月・節分・彼岸・節句・盆のような伝統祭事によって培われた生活情緒は、どこかで住宅の完全西洋化にわずかながら抵抗するのもまた事実なんですね。

 

そんな子供でしたから、日本人にとって、もっと言えば日本の都会生活者にとって最適な、あるべき住居の形はどういうものなのか、だったり、住居の変化に伴って生活様式はどう変わっていくのだろう、といったテーマに興味を持つのは至極当然のことで、不動産屋にはなるべくしてなったような気がします。

 

日本の西洋住宅で多くを占める北ヨーロッパ風

とはいえ、今も昔も、そういったテーマに触れている書物はけっして多くはなく、設計なら設計、建築なら建築、習俗なら習俗と、それぞれの各論に特化しているのが一般なのですが、各分野について横断的に言及しているものにめぐり合うことも稀にあります。

 

今回ご紹介するのは、5.15事件で有名な犬養元首相のお孫さんで、数年前に物故された評論家、犬養道子さんのラインの河辺というドイツ滞在記で、初版が1973年ですから、ほぼ半世紀前の世相を反映したものになりますが、そこで提出されたテーマは今もって解決されたとはいいがたく、今なお新鮮な問題意識であり続けているように思います。

 

たとえば、日本の夏は高温多湿で、亜熱帯よりひどいのに、なぜ輸入される洋風住宅や洋風室内装飾はおしなべて北ヨーロッパ様式ばかりなのか、と問われれば、誰も返す言葉がないのではないでしょうか。

 

夏に限らない多目的な天候や、もろもろの自然災害への配慮など、私たちが置かれた風土と向き合い、それらの困難を克服するのが、本来の住宅産業のあるべき姿なのではないか、と言われれば、ははあ、そのとおりでございます、と頭をたれるしかありませんよね。

 

住宅産業に対しては、こんな苦言もありました。

 

海外へ出る前に、日本でマンションを買ったとき、防犯や通風を考慮して、2㌢とか5㌢とか、必要なだけ窓を開けてしっかり留めるようにしてほしいって要望を出したら、けんもほろろに断られた(そうだろうね)けれども、もドイツに来てみたら、どんな貧しい家だって当たり前の機能としてできてるじゃないか、目につきやすいデザインばかりを重視して、基本に立ち返ることを軽んじてはいないか、という、これは今もって解決されていない課題だと思います。

 

逆にいえば、基本をおろそかにしてきたのだから、基本に立ち返ったアイデアを商品化すれば、まだまだビジネスチャンスはあるんだろうに、住生活基本法が目指す高品質住宅とは相いれない方向性なのかもしれません。

 

なぜに洋風住宅といえば北ヨーロッパ風が主流になったのかについては、多少弁護の余地はあって、文明開化時に日本の近代建築の祖となったのがイギリス人のジョサイア・コンドルで、以後の日本の建築界は彼の弟子が牛耳をとっていくことになったために、必然的に北ヨーロッパエッセンスからは自由でありえなかったんだとは思います。

 

だからといって、豊かな住生活におけるソフト面を軽んじていいはずはないのですが、半世紀前も今も、どちらかといえばモノありきで、モノの品質がいいから高品質住宅だよ、という風潮に変わりがないのは残念でなりません。

 

そんな視点から、住宅の各部分について考察を加えたコラムを、住宅産業から住居産業へというシリーズで、別媒体に書いたことがあるので、お時間があればご一読くださいませ。

 

https://www.chintaikeiei.com/column/00000429/

 

 

このコラムを書いている人

中村 彰男

中村 彰男

1961年 東京生まれ 宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、 宅建マイスター、管理業務主任者 2級ファイナンシャル・プランニング技能士 学習院大学経済学部卒業後、約35年間一貫して不動産業に従事。 うち、ローンコンサルティングなど 業務畑経歴24年。自身も不動産投資にチャレンジし運用に失敗した経験を持つ。

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